緊張している自分に気づく
試合という大事な舞台に、練習からどう向き合うか。クラブ活動をしている読者の皆さんにとっては現実的な話かもしれませんし、会社で働いている人たちにとっては、プレゼンテーションなどのリハーサルと本番のようなものかもしれません。
フィギュアスケートのシングルの選手は、大勢の観客の前でアイスリンクに一人で立ち、演技をしなければなりません。「どうやって緊張をなくしているのか」と疑問に思う読者もいるかもしれませんが、私は「試合のときは、かならず緊張するもの。そのときにいかにいつも通りできるか」ということに意識をおいています。
想像してもらえれば、わかりますが、いつもと違う環境でいつも通りを求められると、いろんなところで影響がでます。
たとえば、ジャンプの体勢に入る前の助走でも、気合が入りすぎると、思いがけずスピードが出てしまいます。助走の速度というのは、実は滑っている選手はいつもと同じか、速くなっているか、あるいは慎重になって遅くなっているかというのを体感しづらいのです。だから、本番でつい力が入って速く滑っていても気付かずにジャンプの失敗につながったりします。速い助走で跳ぶということは、失敗したときのぶれ幅も大きくなるからです。
私の対処法はシンプルです。どんなに気合が入ってスピードが出たとしても、マックスは存在します。だったら、その一番速いスピードで跳べるように日ごろの練習から取り組もうということです。調子が悪くなれば、慎重になってスピードを落とそうとするし、痛いこけ方をしたら、自然とセーブしようと思います。しかし、練習でマックスの速度を体感しておかないと、試合で成功を期待することは難しいです。「弱気にならないように」。長久保裕コーチにもそういうところを一番、プッシュしてもらっています。
■冷静というプラス思考
緊張するのが当たり前。緊張してこそ、いいものができる-。そういうふうに受け止めることができたのは、2010年バンクーバー五輪前にヨガを始めたあたりからです。
ヨガは、まず自分を客観的に見ることからスタートします。自分の体の硬い部分はどこかや、体の左右のバランスの違いなどを客観視し、それを否定するのではなく、受け入れて対処していくことを学びました。緊張も同じです。
緊張することは、悪いことのようにいわれますが、「緊張している自分に気付く」ことは、冷静になれているんだと発想を転換しました。そのことで、緊張しているという実感がないまま、フワフワした不安な状態が少なくなりました。
最近では、大会のときなどに緊張していると感じると「よし、いいぞ」と思えます。自分でわかることで、試合前に不安になることもなくなります。コーチに「先生、いま緊張している」と自分から明かすようになり、コーチも「よかったね」といってくれます。
バンクーバー五輪に出発する前の母の言葉も大きかったです。「ねえ、あなた緊張していいからね。それが普通よ。オリンピックに出るのに、娘が緊張しないというほうが、私は心配だから」って。緊張して当たり前、悪いことではないんだと思わせてくれました。
バンクーバー五輪のフリー演技の最初のポーズ。私は自分の手が震えているのを、「あっ、手が震えている。緊張しているんだ」と客観的に確認する不思議な感覚を手にすることができました。本番で手が震えていたら、どうしようって焦りますよね。でも、そうじゃなくなったことを、あのときしっかりと感じることができました。
■意見に耳を傾ける
2013年。まわりに宣言している目標があります。「芯は強くてぶれない。だけど、柔らかく」。ひとことで説明することが難しいのですが、乗り越えたいテーマです。
芯の強さだけだと、ただ強いだけで、ピンと張った強さはもろくもあると思うんです。強い芯がありながら、しなれる強さが欲しいです。しなるというのは、いろいろなことを吸収する余地があるように思うからです。人から聞く耳を持ち、穏やかにほほえむような強さをあわせ持つ感覚です。
素直に、人の助言を聞くというのは、年齢を重ねるほど難しくなります。長く競技を続け、自分にも経験の引き出しがあるからでしょう。会社などでもそうではないでしょうか。
でも、私はまだまだ新たに得られるものにふたをしないように、いつもオープンにしていたいと思っています。素直でいることが、一番吸収できると思っています。
自分のやりたいスケートをぶれない「芯」とし、さまざまな意見に耳を傾けることで、芯をより太くたくましくなるように肉付けをしていきたいです。そのことは、ソチ五輪に向けて、さらに成長するための鍵でもあると思っています。(フィギュアスケーター 鈴木明子/SANKEI EXPRESS)
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■すずき・あきこ 1985年3月28日、愛知県豊橋市生まれ。フィギュアスケート女子シングルスで2010年バンクーバー五輪8位入賞、12年世界選手権銅メダル。邦和スポーツランド所属。趣味はヨガ、読書。
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